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サイバーウェーブヒストリー第3回:折れない信念

前回は、サイバーウェーブ最大の窮地に至るところまでお伝えしました。収入が減少した上に借金7000万円を抱える大ピンチをどのように乗り越えたのか。第3回では、危機的な経営状況からどのように脱出したかについてインタビューしました。

投資家からの助言を断る

――借金7000万円を返さなければいけない状況の中、梨木さんはどのような心境でしたか?

梨木:だいぶ精神的にまいっていましたね。苦しいどころではありませんでした。変な冷や汗かくし、精神は崩壊しそうですし。自分の存在自体さえ不安になるような心境でした。

――諦めることは無かったのでしょうか?

梨木:諦めることはありませんでした。例えば、当時の投資家に経営相談に乗っていただいたことがあります。自分の次にサイバーウェーブの株を多く持っていた投資家です。いろいろな経営者に対して投資ファンドをしている方で、借金を抱える以前からアドバイスをもらっていました。

7000万円の借金があることや、毎月数百万円返さなければいけない状態を話したところ「梨木さん、楽になる方法があるよ」と言われました。

――どんな方法ですか?

梨木:「自己破産」です。自己破産すれば、借金の支払いが免除されます。自分の次にサイバーウェーブの資本を持っていた人が自己破産すればいいと言ってくれた訳です。もし自己破産したら自分は楽になるでしょうが、その投資家の方がサイバーウェーブに投資した数千万円は紙屑になります。それを知ったうえでの提案でした。

絶対にアドバイスに乗ってはいけないと直感しました。

――なぜでしょう? 楽になると思いますが……。

梨木:自己破産すると、投資家から入れていただいたお金はすべて水の泡になってしまいます。銀行からの融資も同じです。

投資家も銀行も、サイバーウェーブが伸びると期待してお金を入れてくれているんです。もし自己破産すれば、期待してくれた人たちを裏切ることになってしまいます。信頼を裏切らないというのが自分の信念なので、自己破産をすると信念が崩れると思いました。

自己破産の提案に対して「お借りしているお金をを紙屑にするようなことはさせません。銀行に対しても、借りたお金を紙屑にするようなことはさせません。自己破産はないです」と言ったのを覚えています。

――自己破産を選びそうな場面で、なぜ「信頼を裏切らない」という信念を突き通せたのでしょうか?

梨木:その信念が自分のアイデンティティそのものだからです。

自分がやりたいことのために会社を作りました。銀行や投資家は会社が成長すると信じて投資してくれました。「自己破産させてください」と言ったが最後、自分がしたいことを応援してくれた投資家や銀行の期待を裏切ることになります。自分のアイデンティティが崩壊するように思え、どうしても言えませんでした。

自分の経験からも、仕事の根底には信頼があり、約束を守ることで積み重なっていくと感じています。信頼の量は漠然とした概念ではなく、物理学で計測できるような、地に足のついたもののような気がしています。今の会計基準では金銭面しか見られませんが、いつか信頼の貯蓄高も数値化できるのではと思っています。

足元が見えない恐怖、首の皮一枚でつながった、その先で見えた光

――結果的に今もサイバーウェーブは存続していますが、借金7000万円がある状況からどう立て直したのでしょうか?

梨木:昼は他の会社へ働きに行きました。「何でもやります!」と言い、とある会社経由で、下請けの下請けとしてNTTデータのプロジェクトに出向させてもらいました。社員としてプログラミングをしていました。なんでもしようと思っていたので、雑務も引き受けました。工数見積をするために、プログラムの行数を1行2行……と数えるだけの仕事もしました。

そのうちに「梨木が喋りもプログラミングもできるらしい」という話がでて、不動産サイトのプロジェクトでフロントエンド開発のリーダーになったんですよ。お客さんの所に行って毎週打ち合わせをしていました。

いつ破産してもおかしくないという足元が見えない恐怖の中で、毎月 100万円ずつ借金を返していきました。どうにかお金を工面し、首の皮一枚つながった状態で会社を経営していました。

日中は他社で必死に働きながら、夜には会社の再興にむけて、ひとりで自社プロダクトの開発をはじめました。それが「PJテンプレート」です。いまのサイバーウェーブの中核商材である「VALUE KIT」の前身になったプロダクトです。1年間かけて、コツコツと組み上げていきました。


ひとりで自社プロダクトの開発を進めていたころの社内風景

「PJテンプレート」は、自分がそれまで経験したプロジェクトのノウハウから、どのシステム開発でも必要になる機能の部品セットとして組み上げました。例えば、ビジネスのためにシステムを作るときには「担当者ログイン」や「編集機能」などが必要になります。必要な機能は、どんなプロジェクトでもある程度は共通しているので、事前に部品を作っておくことができます。

――PJテンプレートを作ろうとしたきっかけは何でしょうか?

受託開発の失敗を生かそうとしたことです。会社が倒産寸前になるというマイナスをプラスの出来事に変えようとして、自社プロダクトを作ることを思い立ちました。

前回の記事で、失敗の原因が4つありましたよね? 会社の収入をほぼ1社に頼っていたこと、期限や予算を明確にせずお客様の要望を受けていたこと、会社の資産になる強みを作れていなかったこと、エンジニアそれぞれの技量に依存していたこと。

失敗の原因を生かそうと考えた結果、自社製品を作ってから売ればいい! と思ったんですよ。

製品があれば、1社だけではなく複数の会社に販売できますし、1からシステムを作る必要がないため、納期の遅延もありません。自社製品なので会社の資産になりますし、製品の品質がエンジニアのスキルに依存しにくくなります。

――PJテンプレートを使った結果、どうなりましたか?

梨木:2011年に、大手クレジット会社から頂いた案件で、初めてPJテンプレートを使いました。

7割は既にできていたため、残りの3割を新しく開発するだけで済みました。当時の売り上げはシステム一式で40万円です。少額の案件ではありましたが、自分の開発したプロダクトが本当に売り上げになったことで、大きな感動と自信になりました。予算の中でお客様の要望を満たす製品を作れ、自分から価値を提供できたことが嬉しかったです。

実際にPJテンプレートを使ってみて、手ごたえを感じました。新規開発するコードが少ないので開発に失敗するリスクを減らせましたし、納期も厳守できました。世の中でシステム開発の失敗って意外と多いんですよ。日経ビジネスによると、プロジェクトの47.2%は品質やコスト、納期を守れず失敗しています。

――半分くらいのプロジェクトは失敗してしまうのですね。

梨木:そんななかでもPJテンプレートを使うと、システム開発プロジェクトを確実に成功させられることが分かりました。これでサイバーウェーブを復活させられる! と思いました。

――逆境のなかで、1年以上ひとりでコツコツと何かを続けることって難しいと思います。PJテンプレートの開発を続けられた理由はありますか?

梨木:失敗というマイナスの状況から、必死にプラスになるものを探したからです。苦しい状況でしたが、学ぶべきものがここにあると思っていました。マイナスをプラスに変えるのはとても好きなんですよ。

もう1つは、プログラミングが好きだから。得意なプログラミングで物を作り出して、誰かを喜ばせたいという思いが強くあります。大学生で事業を立ち上げてから今に至るまで、ずっと変わらない思いです。

第4回に続く)

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