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【DX成功事例】DX技術「ホロストラクション」開発に欠かせなかったのは「経営理念」 小柳建設株式会社

「ホロストラクション」と呼ばれる技術をご存じでしょうか。ゴーグルのような形をした専用の装置を頭に装着することで、目の前に3次元の仮想映像を映し出す仕組みです。CADで作成した建築物の設計データを仮想映像として映すだけでなく、時間軸を示すバーを動かすことで、更地から建築物が作られる過程を見ることもできます。

マイクロソフトと協力しホロストラクションの開発を行ったのが、新潟で建設業を営む小柳建設株式会社です。3代目社長である小柳卓蔵氏が積極的に開発を進め、2019年には限定的に運用を開始しました。2022年1月現在も、品質向上のために研究を続けています。

ホロストラクションの開発は、DXの成功事例と呼ばれています。小柳建設のDXが成功した背景には、同社がそれまでに築き上げてきた組織体制や理念的な基盤がありました。本記事では、小柳建設株式会社がホロストラクション開発までに辿ってきた道のりと、DXを成功させるために最も重要な要素についてご紹介します。

画像出典:小柳建設株式会社

改革前の問題:属人的な経営と長時間労働

2008年、小柳卓蔵氏は父が経営する小柳建設に入社しました。5年間勤めた金融企業を退職し、法律で企業を助けたいと司法試験の勉強をしている最中のことでした。しかし、会社を継ぐはずだった長男が退職したことを知った小柳氏は「父を助けたい」という思いに駆られ、小柳建設への入社を決めました。

管理部門として入社した小柳氏は、いくつもの課題があることに気付きました。その例がアナログな管理体制です。会社のデータはすべて紙で管理されていました。データを記した紙は、各従業員が机に鍵をかけて保管していました。その従業員がいなければ、誰もデータを見ることができなかったのです。

社長一人に属人化した経営も課題でした。会社の運営や営業に関する情報は全て社長の頭の中にあり、従業員がやることは社長の一存で決まっていました。社長が経営を続けていられるうちは良いかもしれませんが、もしいなくなってしまえば小柳建設は存続できないという問題がありました。

また、社員の労働時間の長さも課題でした。工事現場の監督は、品質・工程・安全・原価の4つを管理しています。幅広い業務に加えて雑務もこなしており、夜遅くまで働くことが常でした。「休みがほしい」という現場監督の言葉を聞いた小柳氏は、「やりがいが失われていくのではないか」と感じました。

建設業は社会のインフラを支える重要な役割を果たしています。小柳氏は、社会のために建設業界の一翼を担う小柳建設を存続させたかったのです。属人化した経営や長い労働時間のままでは建設業界の未来はないという強い危機感から、小柳氏は経営改革を始めました。

「アメーバ経営」でDXの地盤作り

経営の改革のために、早速DXを始めた……という訳ではありませんでした。小柳氏が最初に始めたのは、「アメーバ経営」による組織改革です。アメーバ経営とは、京セラの稲盛和夫氏が考案した経営手法です。会社を「アメーバ」と呼ばれる複数のグループに分け、それぞれのアメーバで独立採算制を採ります。アメーバのリーダーは経営の主体になり、経営計画や資材発注、労務管理などが一任されます。

アメーバ経営の目的は3つあります。市場に直結した部門別採算制度の確立、経営者意識を持つ人材の育成、全員参加経営の実現です。これらの3つの目的を果たすことで、利益を上げることを目指しています。

小柳氏にとって、経営者意識を持った人材の育成や生きがいを持って働ける会社を作れるアメーバ経営は、会社を存続させるために必要な手法でした。社長と相談し、アメーバ経営の実施を決めました。

稲盛和夫氏は「アメーバ経営は経営理念に基づいた経営方法であるため、形だけ真似してもうまく行かない」と言います。各アメーバでは独立採算制をとっているため、アメーバ同士の利害が対立することがあります。所属するアメーバの利益を最大化することを目指すアメーバ経営では、利益の増加を目指すあまり他のアメーバの利益を考慮しなくなってしまうかもしれません。

そこで、従業員全員が納得できる経営理念が重要になります。もしアメーバ同士の利害対立が発生しても、経営理念を判断の共通のよりどころにすることで、互いが歩み寄れる着地点を見つけやすくなります。

小柳氏は、アメーバ経営のために必要不可欠である経営理念の作成・浸透に力を入れました。

もともと小柳建設には、初代社長が作成した「我らは社会資本充実のため、建設業を通じて地域社会の発展に貢献し、社業の繁栄を図るとともに社内の福祉の増進につとめ、誇りをもって会社を後世に伝えるものとする」という社是がありました。この社是と、京セラの経営理念である「全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類、社会の進歩発展に貢献する」をベースに、「経営哲学手帳」を1年半もの時間をかけて完成させました。経営哲学手帳には「信義を重んじ、礼節をもって、プロの道を歩む」など、小柳建設が仕事にかける思いがつづられています。

また、アメーバ経営で必要とされる時間当たり採算表も採用しました。時間当たり採算表とは、時間当たりに生み出された付加価値を表す表です。社員の誰もが会社の収支を瞬時に理解できるようにと、稲盛和夫氏が考案しました。

以下の図は、稲盛和夫『アメーバ経営』から引用した、京セラの時間当たり採算表の例です。総収益は1,600万円、総労働時間は2,000時間のため、1時間当たりの付加価値は8,000円であることがわかります。

(出典:稲盛和夫『アメーバ経営』に記載の表を弊社にて書き起こし)

時間当たり採算表は会計知識を持っていなくとも理解できるため、経営者意識の強化を目的とするアメーバ経営には欠かせません。小柳氏も、会社で取り入れようとしました。

しかし、当時の建設業界では「時間当たり採算表を取り入れることは困難だ」と言われていました。大きな建造物の建築は長ければ数年を要するために、リアルタイムで収支を把握することに意味がないと思われていたことと、資材の計算が一筋縄ではいかないためです。

しかし、小柳建設では毎年決算期が近づいてくると原因不明の見込み利益がの急落がすることが続いていました。変化の激しい時代では、年度末にならなければ収支状況がわからないことは「手遅れ」をも意味するかもしれません。そこで、月ごとに売上を把握できる時間当たり採算表の取り入れを決意しました。

社内には「今までの手法の方がやりやすい」「無駄な仕事が増える」などの理由からアメーバ経営の導入に反対する従業員もいました。しかし、アメーバ経営の効果は反対派をも納得させるものでした。残業は減少し、工事の進捗も改善されたのです。仕事の状況がはっきりわかるため、次に何をすべきかが明確になり、仕事に余裕が出来ました。アメーバ経営の効果が表れたことで、反対する声は減少していきました。

システムのクラウド化

アメーバ経営を導入したことで小柳建設の仕事環境は改善しました。しかし、小柳氏は建設業界を存続させるためにはまだ解決すべき課題があると考えていました。建設業界を志望する若年層が少ないことや、変化が好まれない風潮など……。建設業界が社会で果たす役割を痛切に感じている小柳氏は、会社の存続を妨げる課題をどうしても解決したかったのです。

そこで小柳氏が目をつけたのはIT化でした。当時の建設業界ではIT化が進んでいませんでした。しかし小柳氏は、IT化が進んでいないからこそ、成功すれば強いアドバンテージを得られると考えました。ITのスマートなイメージは若者を呼び込む材料になります。アメーバ経営の導入に成功していたことも小柳建設のIT化を後押ししました。組織を変えられるという自信がついていたのです。

当時の小柳建設は、1989年に発売された古いシステムを使用していました。しかし、不具合が多発し不便になっていました。そこで、自社で構築したオンプレミス型のシステムを暫定的に使いつつ、新しいシステムの導入を検討しました。

導入の際に問題となったのは、自社のシステムを用いるオンプレミス型と、インターネット上のサービスを用いるクラウド型のどちらのシステムを使うかです。

オンプレミス型のシステムにはいくつかの問題があります。一番の問題は、データセンターが損害を受けるとシステムが使えなくなってしまうことでした。建設業界は、災害時にインフラを整備するという重要な役割を担っています。災害でデータセンターが壊れシステムが使えなくなってしまうとその役割を果たせません。

また、オンプレミスはリモートワークに向きません。建設業界で働く人の多くは、会社の外で仕事をする機会が多くあります。社員が働きやすい環境にするためにも、クラウド化にはメリットがあります。

しかし、費用面の問題がありました。オンプレミス型とクラウド型のどちらがコストを抑えられるかの判断は難しいとされています。クラウド型システムは使用量に応じてコストが決まるため、会社によってどちらが安くなるか異なります。

しかし、小柳建設では判断に困りませんでした。時間当たり採算表を導入していたことが素早い判断を助けたのです。時間当たり採算表の考え方を使ったところ、小柳建設ではクラウド化する方が費用対効率がよいことがわかりました。費用の問題が解決したことで、クラウド化に舵をきることができました。

システムの構築にあたっては、アメーバ経営の考え方を反映させています。全員のパソコンから各アメーバの収支状況が見られるようにするなどして、情報の透明性を高めました。

「ホロストラクション」開発のきっかけ

画像出典:小柳建設株式会社 ホロストラクション事業

小柳建設は組織改革・IT化を次々に進めてきたものの、建設業界の課題はまだ残っていました。

今までに挙げた課題の他にも、建築の際には「建造物の設計図や施工図だけでは具体的な完成形をイメージできない」という難点があります。設計図から完成形をイメージするためには設計図を読む訓練が必要なため、建築に詳しくない施工主が設計図を見てもイメージが難しいのです。

建造物をイメージしやすくするために模型を使うのですが、模型を作るには費用がかかります。大規模な工事では、数百万円もする模型を作ることもあります。しかも、1つ作れば終わりではありません。目指すイメージを完全に表せるように何回も作り直すのです。

工事現場に行かなければならないことも課題でした。建設会社と施工主が話し合うとき、実際の現場のイメージを共有したい場合があります。数時間かけて現場に行っても話し合いが数十分で終わることもあり、非効率な話し合いとなっていました。

実際の建築物や工事の状況を具体的なイメージとして見ることができないために、お金と時間の膨大なロスが発生してしまうのです。小柳氏は、この課題を解決できないかと頭を悩ませていました。

そんな時に小柳氏が出会った技術が「HoloLens(ホロレンズ)」です。ホロレンズとは、マイクロソフトによって開発された、現実空間の中にホログラムを表示させる技術です。もしホロレンズを建設に使うことができれば、模型を作らずとも完成形のイメージを見ることができるうえに現場に行く必要もなくなります。

海外視察でホロレンズの説明会に参加した小柳氏は、ホロレンズを使えばさらに建設業界の課題を解決できると直感しました。小柳氏はすぐにマイクロソフトのスタッフと相談し、数か月後にはホロストラクションの開発契約を結びました。

ホロストラクション開発の過程

最初に、ホロレンズの使い方を模索しました。小柳氏には工事現場で作業をした経験がないため、現場をよく知る技術者と一緒に構想を練りました。技術者の意見は「現場でホロレンズを使うことは危険だ」というものでした。ホロレンズを使うためにはゴーグルなどを着用する必要があり、視界を狭めるため危険だという考えです。小柳氏にとって思いもよらない意見でした。従業員が主体となって参加したからこそ得られた意見でした。

技術者の意見もあり、ホロレンズの使い方は「会議室にいながら建設現場のホログラムを映し出せるようにする」という結論に至りました。使用方法の大まかな方針を決め、プロトタイプを作成しました。

プロトタイプを構築した後は、実際の工事現場で使えるかどうかの検証(概念検証、PoC 、Proof of Conceptとも呼ぶ)に移りました。概念検証の意義は、プロトタイプが実際に機能するかを試すだけではなく、ホロストラクションの使用イメージを行政に理解してもらうことにもありました。当時はMR技術が普及しておらず、ホロストラクションがどのように使えるかが伝わりにくかったのです。

具体例を作るために試しにホロストラクションを川の掘削工事で使った所、特段の不具合もなく工事は終了しました。実際の工事でホロストラクションが活用できることを証明したのです。

概念検証を成功させたことで、小柳氏はホロストラクションは他社でも使えるという自信を持ちました。そこで、外販に向けて調査を始めました。顧客、販売ルート、マーケティングの方法などを調査しました。

外販の方法を模索し終えた後は、小柳建設内での運用に着手しました。最初は一部のチームから運用を開始し、徐々に使用するチームを増やしていきました。

こうして検証を重ね、2019年にホロストラクションのアルファ版(試作品)が完成しました。アルファ版と位置づけてはいますが、他の企業に販売できるほどの完成度になっていました。

ホロストラクション普及のために有償版を公開

小柳氏としては、ホロストラクションは価値があり社会に貢献できる製品だと考えていました。しかし、本当に他の企業が使いたいと思ってもらえる製品かどうかの確証はありませんでした。そこで、小柳建設は、ホロストラクションの価値が認められるか調べるためにアルファ版のトライアルを1か月11万円で募集しました。

その結果、17社の応募がありました。その内の1社と共にトライアルを進めることにしました。月々11万円というのは廉価とは言い難いですが、建築模型を使うことに比べれば、ホロストラクションを導入する方が費用削減に繋がると判断したのです。小柳氏がホロストラクション開発前に感じていた課題は、他の企業でも認識されていました。

トライアル版の好評を受けて、小柳建設はホロストラクションの認知度を上げるためトライアルの結果を発表するシンポジウムを開きました。約100社が参加し、参加者の60%が「大変満足」と評価しました。「どのようにホロストラクションに関われそうか」など具体的な話をしたいとの声もありました。ホロストラクションは多くの企業に受け入れられたのです。

小柳建設では、現在もホロストラクションの改善が進められています。

DX成功のカギは経営理念

ここまで、小柳建設のDX事例を見てきました。2016年にホロストラクションの開発に着手した同社は、システム会社でないにもかかわらず2019年には有償公開できるほどの品質を備えたシステムを作り上げています。開発前はマイクロソフトの担当者に「本当にやるのですか?」と聞かれるほどの大事業を成功させられた理由はどこにあるのでしょうか。小柳氏は、組織の改革から始めたためと分析しています。

小柳建設は、自社の改革を考えたときにDXから始めるのではなく、組織改革→IT化→DXの順に進めました。小柳氏は、「もしアメーバ経営ではなくDXから始めていたら失敗していた」と分析しています。アメーバ経営とDXには親和性があるためです。

アメーバ経営がDXに有効に働いたポイントはいくつかあります。

1つ目は矛盾しないKPIを作れることです。アメーバ経営では会社全体にとって良いかどうかを基準に経営方針を決定します。KPIを設定する基準は「会社にとって最適かどうか」であるため、矛盾するKPIにならないのです。小柳建設でも、会社全体のKPIは営業利益だけと決められており矛盾しないよう工夫をしています。

もしKPIが部門間で食い違っていると、DXを進めることが難しくなります。その理由について、小柳氏は次の例を出して説明しています。

「ある販売会社が、商品を置く倉庫を自社でもっていて、商品の運送も自分たちでやっていたとします。このとき、在庫管理部門のKPIが店舗在庫の最小化であり、運送部門のKPIが運送費の最小化であれば必ず矛盾が生じます。店舗の在庫を少なくするためにはこまめに運送する必要がありますが、運送費を減らすためには運送回数を少なくする必要があるためです。この2つのKPIは両立させることができません。DXを進めるという目標を立てても、部門間の対立が起こってしまい改革が進まない可能性が高いのです」

(小柳卓蔵『建設業界DX革命』)

2つ目のポイントは公平な人事評価です。DXを成功させるためには、従業員全員が一丸となって改革に取り組むことが重要です。しかし、不公平な評価制度は社員の士気を下げかねません。

前記の例で、在庫管理部門の主張が通り運送回数を増やすことになると運送部門のKPIを達成することはできません。これがもとで運送部門の賞与が下げられてしまえば、運送部門からは会社への不満が出てきます。組織の一体感を強めるための逆風になってしまうのです。

小柳建設では、公平な人事評価ができるような工夫がされています。評価の基準を具体的・客観的にすることで、同じ人に対して誰でも同じ評価ができるようにしました。評価者が集まる会議を開いて、それぞれの評価方法を一致させる取り組みも行いました。

小柳建設のDX事例でも、様々な立場の社員が協力してDXを推し進めたことが成功に繋がった場面がありました。

ホロストラクションの使い方を決める会議には小柳氏だけではなく現場で工事を進める技術者も参加していました。工事現場に携わったことのない小柳氏だけでホロストラクションのコンセプトを決めていたら、実際の工事では使えないシステムができあがっていたかもしれません。工事現場を知る技術者の積極的な意見があったため、現場でも使えるシステムができたのです。

小柳氏は、DXを成功させる最も重要な要素は「理念」だと考えています。アメーバ経営もIT化もDXも、それ自体をしようとした訳ではありませんでした。小柳建設が持つ理念を実現するための経営をしていたら、結果的にIT化やDXを進めていたのです。経営理念に立脚した行動をしたことが、小柳建設でDXが成功した理由といえるでしょう。

【参考文献】

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