(前回より続き)
ITバブルの影響で会社は急成長。しかし、大手IT企業の倒産のあおりを受け経営危機に。果たして梨木は、大きな失敗から何を学んだのでしょうか
マイナスの出来事もプラスにして受け止める
ーー会社を作るときには、会社が大事にするバリュー(価値観)も一緒に作ると思います。梨木さんも会社を作ったとき、バリューやミッションを決めたのでしょうか?
梨木:自分が大切にしている価値観をバリューにしました。今のサイバーウェーブでは「誠実・プロフェッショナル・チャレンジ・普遍的価値」をバリューとしていますが、会社を立ち上げた当時は「アクティブ・ポジティブ・コミュニケーション」でした。
ーー今とは違うのですね。
梨木:昔の方が抽象的でした。もっと具体的にしたいと思って今のバリューに表現を変えました。大切にしている価値観そのものは変わっていません。
ーーそれぞれの内容について教えていただけませんか?
梨木:「アクティブ」は、自分の思いに素直になることです。思うこと・言うこと・やることの3つを一致させることです。
「ポジティブ」は、全てを積極的に受け入れることです。前回お話しした「波」を思い出してください。波を立てたら向かいの壁にぶつかって、自分のもとへ返ってきます。「アクティブ」を実践すると相手から反応が返ってくるのですが、反応がプラスになるかマイナスになるかは分かりません。
ポジティブな反応を受け入れるのは簡単ですが、マイナスな反応を受け入れるのは難しいです。マイナスな反応をそのままにしておくと、心の底に負の感情がたまっていきます。
だから自分は、マイナスな出来事もプラスに変えて受け止めています。例えば、起業したばかりのころに詐欺に遭ったんですよ。
ーー詐欺に?! いったい何があったのでしょうか?
梨木:じつは何があったかはよく覚えていないんですよね……。とにかく相手の演技や話し方に引き込まれ、5万円くらい渡してしまったことだけを覚えています。
ーー詐欺に遭うことはマイナスな体験だと思いますが、どうやってプラスに受け止めたのでしょうか?
梨木:詐欺師は相手を信頼させる技術のプロなんです。プロがわざわざ自分の所に来てくれて、迫真の演技をしてくれる。自分は騙されていることに気付かなくて、お金を払ってしまいました。
どんな話し方をすれば人は引き込まれるのか、実際に見て学ぶことができました。それに、世の中にはお金をだまし取る人が本当にいることを実感できましたし、詐欺にあった経験から胡散臭い話かどうかを嗅ぎ分ける嗅覚を得られました。これらの学びを得られたのは、とても大きいと感じました。
ーーそう考えることで、マイナスの体験をプラスに変えたのですね。
梨木:そうです。
ーー創業期のバリューのうち、「コミュニケーション」とはどのようなものでしょうか。
梨木:「コミュニケ―ション」は、アクティブであることとポジティブであることを繰り返すことで、全ての人と分かり合えようになる、ということです。
アクティブになる、つまり自分の思いを素直に話すことで、相手も本音で話をしてくれます。オープンに話すと、プラスだけでなくマイナスの反応も返ってくるので傷つきやすくなります。そこでマイナスもプラスに変えてポジティブに受け入れる。そうすると、すべての人と分かり合えるようになると考えています。
1社へ依存した上に強みを作れず経営危機に
ーー会社経営は起業当初から順調だったのでしょうか。
梨木:創業してから5年の間はうまくいきました。ITバブルの追い風もあり利益は毎年増加していましたし、仕事が増えるにつれて社員も増えていました。
6期目には、「中核事業にするポータルサイトを開発してほしい」という依頼をいただきました。依頼者は当時「西のライブドア」とまで呼ばれ、M&Aを繰り返して事業規模を急拡大させており、2006年には900億円にまで年商を伸ばした企業でした。
急成長企業の中核になるシステムの開発という重要な案件で、当時のサイバーウェーブでやりきれる案件かわからず、依頼を受けるか迷いました。最終的には受注することにしました。
ーーそんな大きな依頼が来るようになるなんて、すごいじゃないですか!
梨木:ところが、この受注がサイバーウェーブ史上最大のミスジャッジになりました。サイバーウェーブが倒産寸前になってしまったんです。
ーー倒産寸前に?! 何があったのでしょうか?
梨木:初年度のプロジェクトは、社員の半分をお客様先に常駐させることでどうにか乗り切りました。
プロジェクトが終わった後も、案件が次々に来ました。お客様からは「いくらでもお金を出すのでもっと人手を増やしてほしい」との要望がありました。人手を増やして対応しようとしました。社員をどんどん増やしたので、固定費もどんどん膨らんでいましたが、お客様からは毎月多額の支払いがあったので、大丈夫だと思っていました。
人を増やしても、毎日のように大量の追加案件があり、十分な対応ができませんでした。お客様との意思疎通も上手くいかず、納品するたびに怒られていました。社内には終わりの見えないプロジェクトが溜まっていて、社員に大きな負担がかかっていました。
多くの案件をいただいたためサイバーウェーブの売上は伸びていましたが、社内の空気は決して良くありませんでした。
一方で、当社におけるお客様の売上比率はどんどん大きくなっており、1社に収入を完全に依存するようになっていました。
年商4億6,000万円を達成した翌年でした。ある月末に銀行残高を確認したら、お客様から入金されるはずの4,000万円が入っていませんでした。慌ててお客様に電話するも、連絡がつきません。
お客様が200億円以上の負債を抱えて倒産していたんです。本当の試練はここから始まりました。
当時のサイバーウェーブには7000万円の借金がありました。毎月のオフィス賃料150万円と、社員の給与で100万円。それと、借金の返済のために100万円。入金がなくなり、毎月350万円の支出だけが続く中で、なんとかお金をやりくりしなければなりませんでした。3期連続で赤字を出し、銀行からも融資を断られ、会社が潰れるあと一歩のところまで来ていました。
自社に「強み」を蓄積できていなかった
ーー何が失敗の理由だったのでしょうか?
梨木:失敗の原因を大きく分けると4つあります。1つ目は、会社の収入のほとんどを1つの会社に頼っていたことです。
2つ目は、お客様からの要望すべてに応えていたことです。すべての要望に応えようとした結果、仕様変更が追いつかず納期が遅れてクレームが日常的に発生してしまいました。
3つ目は、会社の資産になる強みを作れていなかったことです。当時はSESという、エンジニアをお客様先に常駐させる形式のビジネスをしていました。エンジニアを常駐させてしまったので、自社内に技術を蓄積できなかったんです。
プログラミング言語も、要望があればJavaでもPHPでも使ったために、サイバーウェーブの強みとしてノウハウを積み重ねることができていませんでした。
例えば、ActionScriptというプログラミング言語でFlashのコンテンツを作ってほしいという案件がありました。サイバーウェーブにActionScriptの知見はありませんでした。一生懸命にActionScriptの勉強をして、コンテンツをつくり納品しました。しかし、一時的にいくら勉強しても、使い続けなかったので会社の資産になりませんでした。すでに持っている技術をさらに磨き続けるほうが価値を生み出せるにもかかわらず、それをしませんでした。
4つ目の原因は、納品物の品質がそろっていなかったことです。開発方法のマニュアルがなく、個々のエンジニアの技量に依存していました。
ーー原因は様々あったのですね。
梨木:はい。会社が転落していくなか、60人くらいいた従業員もひとりまたひとりと去っていきました。最終的に残ったのは、自分ともう1人の社員だけでした。
窮地から得た学び
梨木:受託開発の失敗と借金7000万円を返す日々は苦しかったのですが、学ぶところは大きかったです。
ーー例えば何を学びましたか?
梨木:1円の価値です。通帳や会社の帳簿を見て減らせそうな支出がないか徹底的に考え、なくても問題なさそうな契約を解除したりしました。Amazonで購入していた技術書が高額だと感じたのですが、お金がない中でも勉強はしたかったので、古本屋で安い本を探して買いました。
切り詰められるところは1円単位で切り詰めていきました。大きな利益も大切ですが、会社のお金は1円の積み重ねの結果ではないでしょうか。1円1円を大切にすることで収益や利益が出ます。1円の大切さを実体験として感じました。
ーーここにも、梨木さんのポリシーである「ポジティブ」が表れていますね。
梨木:そうですね。マイナスの出来事をポジティブに変えることは得意です。失敗から何かを学ぶことは大好きですから。
(第3回へ続く)