ある観光牧場の経営者が、業界紙で紹介されたテーマパークの事例を読みました。年間来場者100万人規模、大がかりなシステム導入、専任の担当者。「すごい話だとは思うけれど、うちには関係ない」。そう思って記事を閉じました。従業員は数名、来場者は年間数千人から数万人。窓口での手売りとアナログな券売機で、なんとか運営が回っています。オンラインチケット化やデータ活用は、体力のある大きな施設がやることだと考えている経営者は、決して少なくありません。「そもそも、システムを入れる予算も人手もない」という本音も、頭のどこかにあるはずです。しかし、その思い込みこそが、実は一番のコストになっているとしたら、どうでしょうか。
オンラインチケット化は、大規模施設だけの話ではない
オンラインチケット化と聞くと、多くの人は年間来場者100万人規模の大型テーマパークを思い浮かべます。実際、栃木県の那須ハイランドパークは北関東最大級の敷地を持つテーマパークで、年間来場者は60万人規模です。業界全体では手売り中心の運営が9割以上を占めるとも言われるなか、同施設は7社のシステムを比較し、クオリティ、セキュリティ、カスタマイズ性の3点であらためて選び直した、という経緯があります。
こうした事例を見ると、「うちのような小さな施設とは規模が違いすぎる」と感じるのは自然なことです。しかし、実際にシステムを導入している施設は、必ずしも大規模施設だけではありません。同じ栃木県にある那須高原りんどう湖ファミリー牧場は、アルパカの飼育やジップラインを備えた観光牧場と遊園地の複合型施設です。従業員は60名。大型テーマパークとは、運営の規模も体制もまったく違います。りんどう湖ファミリー牧場でさえ、この記事を読んでいる方の施設からすれば、まだ規模の大きい方に映るかもしれません。それでも、この施設が抱えていた困りごとは、後述するように、もっと小規模な施設にもそのまま当てはまるものばかりです。
つまり、導入の可否を決めているのは来場者数の桁ではありません。「現金だけの券売機で機会損失が出ていないか」「チケット作成に時間がかかりすぎていないか」といった、運営上の具体的な困りごとの有無です。困りごとの中身は、大きな施設も小さな施設も、実はそれほど変わらないのです。むしろ、以下で見ていくように、困りごとが経営に与える重みは、人員に余裕のない小規模施設のほうが大きいことも少なくありません。
規模で線を引くのではなく、自施設の困りごとに当てはまるかどうかで考える。この視点に立ち替えると、予算も人手もないという不安についても、見え方が変わってきます。人手が少ないからこそ後回しにしてよい話なのか、人手が少ないからこそ効果が大きい話なのか。この記事では、後者の可能性を順番に見ていきます。
泥だらけの手、電波の届かない放牧地、高齢のスタッフ——屋外施設ならではの不安
「システムを入れましょう」と言われて、真っ先に頭に浮かぶ不安があります。「うちの現場は屋外で、そもそもデジタル機器がなじまないのではないか」というものです。これは正直な不安であり、ごまかさずに向き合う必要があります。
観光牧場や動物園のような屋外施設には、独特の不安があります。広い敷地や山あいの立地では、そもそも敷地全体に電波を届けること自体が難しく、お客様がスマートフォンで電子チケットを提示しようとしても、牛舎の奥や放牧エリアでは表示や照会ができない、という場面が実際に起きています。通信が不安定な現場では、スタッフがトランシーバーで本部に確認を取るという、システム導入前とほとんど変わらない対応に戻ってしまうこともあります。スマートフォンの操作に不慣れなお客様が、電子チケットの提示に手間取り、入場口で列が伸びてしまう場面も見られます。従業員の年齢層が高く、紙の台帳やホワイトボードでの管理に慣れたスタッフにとって、新しいシステムの習得が負担になることもあります。
こうした制約は、無視してよいものではありません。むしろ屋外施設向けにシステムを考えるなら、最初に織り込んでおくべき前提です。電波が不安定な環境を想定した運用設計、通信障害時には紙の台帳による確認へ一時的に切り替えられる運用フロー、操作を最小限にとどめた画面づくりがあってはじめて、屋外施設でも無理なく使えるシステムになります。
不安を先に認めておくのには理由があります。導入する側が現場の実情を軽く見て「便利なはずだから、慣れてください」という姿勢で持ち込んだシステムは、たいてい現場に根づきません。結局、紙の台帳と併用したまま形骸化し、二重の手間だけが残ります。屋外施設への導入で本当に問われているのは、機能の多さではなく、泥だらけの手でも、電波の弱い場所でも、年齢を問わず迷わず使える、というシンプルさなのです。この視点が抜け落ちたまま導入を進めると、結局は入れたはいいが誰も使わないという一番避けたい結果につながります。
小さな施設ほど、1人の作業時間短縮が経営に直結する
「小さな施設では、システム導入の効果も小さいのではないか」という見方もよく聞きます。しかし、実際には逆のことが起きやすいと考えられます。
那須ハイランドパークでは、電子チケット化によって、もぎり(入場時のチケット確認)処理にかかる時間が1日あたり4時間短縮されました。1人あたり5秒の作業短縮を、来場者およそ3,000人分積み重ねた結果です。この施設には、もぎり業務を担当するスタッフが複数名います。浮いた時間は、来場されたお客様への声かけや案内といった、おもてなしに使えるようになりました。
これが、スタッフ数名で運営する小規模施設だったらどうでしょうか。朝は駐車場の誘導、昼は窓口対応とチケット確認、夕方は券売機の集金と、1人が何役も掛け持ちしていることが少なくありません。りんどう湖ファミリー牧場では、閉園後の券売機の売上回収・確認作業が、毎日複数箇所で発生していました。キャッシュレス化によって、この作業そのものが大幅に減っています。
大規模施設で作業時間が短縮された場合、その効果はもぎり担当のスタッフ複数名に薄く分散します。1人あたりで見れば、少し楽になった程度かもしれません。一方、少人数運営の施設では、1人の作業時間がまるごと空くかどうかが、その日の人員配置をそのまま左右します。「1人分の残業がなくなる」「その分、もう1人を接客や見回りに回せる」という具体的な変化につながりやすいのです。人手不足が続く業界にあって、この差は決して小さくありません。急な欠員が出た日に、システムに慣れたスタッフが1人でもいれば、窓口業務を1人でカバーできる、という余裕にもつながります。
少人数で運営する施設では、経営者自身が窓口対応や現場作業を兼務していることも珍しくありません。窓口対応に追われる時間が減れば、その分を経営判断や現場の見回りに充てられます。少人数運営だからこそ、1人分の時間の使い方が、施設全体の動き方に直結するのです。
「お金を払ったから行く」——事前決済が変える、悪天候時の来場心理
観光牧場やテーマパークの経営で悩ましいのが、天候リスクです。特に繁忙期と閑散期の差が小さい小規模施設では、雨の1日の売上減少が、経営全体に響きやすいという事情があります。
事前決済には、この天候リスクを和らげる働きがあると考えられています。行動経済学に「サンクコスト効果」(すでに支払った費用を無駄にしたくないという心理)と呼ばれる考え方があります。チケット代金を事前に支払い済みのお客様は、少しくらいの雨であれば「せっかく払ったのだから行こう」という気持ちが働きやすいとされています。当日窓口払いであれば、雨を見た瞬間に来場自体をやめてしまう判断が起きやすいのに対し、事前決済にはこの判断を後ろにずらす効果が期待できるということです。子供連れの家族を例にすると分かりやすいかもしれません。前日に天気予報を見て「明日は小雨か」と思っても、すでにチケット代を払っていれば「せっかくだから行こう」となりやすく、当日窓口で払うつもりだったなら「今日はやめておこう」となりやすい、という違いです。
りんどう湖ファミリー牧場でも、現金のみの運営が招く別の機会損失がありました。「現金がなくなったから帰る」「一旦ゲートを出てATMに行く」という場面が、実際に起きていたのです。事前決済やキャッシュレス化は、天候だけでなく、こうした支払い面のハードルによる機会損失も、同時に減らせる可能性があります。
繁忙期に人が多く来る大規模施設であれば、1日の悪天候が全体の売上に占める割合は相対的に小さくすみます。しかし、もともと1日あたりの来場者数が限られている小規模施設では、天候によって数十人単位の来場が減るだけでも、月間の売上に対する影響は無視できません。事前決済が持つサンクコスト効果は、こうした施設ほど恩恵を感じやすい仕組みだと言えます。
まず1つのチケットだけ、既存の窓口販売と併用しながら試す方法
ここまで読んで、「言いたいことは分かるが、いきなり全面的にシステムを切り替えるのは怖い」と感じた方も多いはずです。その感覚は正しいものです。現場のオペレーションを一度に変えることには、当然リスクが伴います。
だからこそ、最初から全部を変える必要はありません。VALUE KITチケット販売のように、まず1種類のチケットだけをオンライン化し、既存の窓口販売と並行して運用できる仕組みもあります。初期費用をかけず、既存の窓口販売の体制を変えずに始められる形です。
たとえば、週末限定の体験チケットだけをオンライン化する、期間限定の特別企画のチケットだけをオンライン化する、といった始め方が考えられます。年間の売上の大部分を占めるメインの企画には手を付けず、影響範囲を区切って始めれば、現場の混乱を抑えながら実際の効果を確かめられるでしょう。従来からの窓口販売に慣れているお客様には、これまで通り窓口で購入していただきながら、オンライン化した一部のチケットだけを並行して案内する、という進め方もできます。効果を実感できた範囲から、少しずつ対象を広げていけばよく、最初から結論を急ぐ必要はありません。
「うちの規模ではまだ早い」という判断は、多くの場合、慎重さの表れです。しかし、その慎重さが、身の丈に合わない大規模導入をイメージした結果の判断だとしたら、一度立ち止まる価値があります。
困りごとの有無で考えれば規模は関係なく、屋外ならではの不安は認めた上で設計に織り込むべきものであり、少人数だからこそ1人分の時間短縮の価値は大きく、天候リスクの影響も小規模施設ほど大きくなります。だからこそ、全部を変える前に、まず1つだけ試すことができます。小さく始めて、効果を見ながら広げていく道も、ちゃんと用意されています。
「規模が違うから」と検討を先送りにしている間にも、券売機の集金作業や、悪天候によるキャンセルは、毎日どこかで発生し続けています。それは、大規模施設だけの悩みではなく、少人数で運営する施設ほど、日々の負担として重くのしかかっているはずです。まずは自施設の現状を、1度棚卸ししてみることから始めてはいかがでしょうか。
VALUE KITチケット販売について、貴施設の状況に合わせた詳細は以下よりご確認いただけます。