ある地方のレジャー施設では、チケットの販売がすべて紙と窓口・券売機で完結しています。予約はすべて手書きの台帳で管理し、繁忙期には窓口や券売機に当日券を求める行列ができています。担当者も「そろそろオンライン対応が必要だ」とは感じています。
ただ、頭に浮かぶのは「全チケットをシステムに載せ替える」という大きな絵です。窓口・券売機の運用ルールをすべて洗い出し、スタッフ全員に新しい操作を教え、既存の台帳を廃止しなければなりません。そこまで想像すると、着手する前に疲れてしまいます。
こうした「全部変えなければ意味がない」という思い込みは、未導入の施設に共通して見られます。しかし、全チケットを一斉に切り替えるのではなく、一部のチケットだけを電子化して残りは窓口・券売機に残すという進め方もあります。この記事では、電子化に向くチケットの見分け方と、窓口・券売機での販売を残したまま特定のチケットだけを試せる「お試し部分導入プラン」の活用法を説明します。
「全部を一気に変える」必要はない
未導入の施設が電子化を検討するとき、頭の中にあるのはたいてい「全面的なシステム入れ替え」です。券売機を更新し、全チケットをオンライン化し、全スタッフの操作を切り替える、という規模の変更です。この規模を思い浮かべるからこそ、決断が先送りになります。
しかし、電子化は「全部か、ゼロか」という二択ではありません。1種類のチケットだけをオンライン販売に切り替え、残りは今まで通り窓口・券売機で扱います。この「部分導入」であれば、既存の運用は何も壊さずに済みます。
部分導入には明確な利点があります。仮に想定と違う結果になっても、影響が及ぶのは対象にした1種類のチケットだけです。逆に全チケットを一度に切り替えてしまうと、うまくいかなかったときに後戻りする場所がありません。
まず問うべきは「全部変えるかどうか」ではなく、「どのチケットから始めるか」です。次の章で、その判断基準を整理します。
電子化に向く条件——リスクを抑えて試せるチケットの見極め方
すべてのチケットが、部分導入に同じだけ向いているわけではありません。安心して試せるチケットには、共通する条件があります。
もっとも重要なのは、来園者への影響が限定的なチケットかどうかです。繁忙期に一番人気の目玉アトラクションは、確かに窓口・券売機の負担が大きい対象です。しかし、最初の試行でいきなりこの対象を選ぶのはリスクが高くなります。オンライン側で想定外の不具合が起きた場合、影響を受ける来園者の数もそれだけ多くなるからです。
まずは、急に開催が決まったイベントや、期間限定・曜日限定のチケットなど、対象期間や来園者数が限られたチケットで試すのが現実的です。小さな範囲で運用を確認できれば、繁忙期の目玉アトラクションへ広げる判断もしやすくなります。
この条件に当てはまるチケットが、「最初の1枚」の候補です。
最初の1枚は「影響範囲の小さいチケット」から選ぶ
候補が複数ある場合は、次の点を基準に絞り込みます。
- 万が一トラブルが起きても、影響を受ける来園者が少ないか(人気の目玉アトラクションではないか)
- 急に開催が決まったイベントや、期間限定・曜日限定のチケットなど、対象期間が区切られているか
- 紙の台帳と窓口・券売機の両方で予約情報を管理し、二重予約のリスクがあるか
これらに複数当てはまるチケットほど、安心して試せる「最初の1枚」です。逆に、繁忙期に来園者の大半が求める目玉アトラクションは、最初の対象からいったん外してかまいません。
なぜ「影響範囲の小さいチケット」から選ぶ判断が合理的なのでしょうか。目玉アトラクションで問題が起きれば、施設全体の評判に直結します。対象を絞り込めば、仮に不具合が出ても影響は限定的で済みます。
対象を1つのチケットに絞れば、覚える操作は1種類、対応するスタッフも数名で済みます。教育の負担も、トラブル発生時の影響範囲も、最小限に抑えられます。小さく始めることは妥協ではなく、リスクを管理する判断です。
窓口・券売機での販売と並行運用する場合の実際のフロー
「最初の1枚」を決めたあと、実際の運用はどう変わるのでしょうか。答えは単純です。既存の窓口・券売機での販売はそのまま残し、選んだチケットにだけオンライン販売という経路を追加します。
具体的な流れは、次の通りです。
- 前章のチェックリストで、影響範囲が最も小さいチケットを1つ選ぶ
- 既存の窓口・券売機での販売は継続する。システムの解約や台帳の廃止は不要
- 選んだチケットだけ、オンライン専用の販売経路を用意する
- 対応するスタッフだけが、そのチケットの確認方法を覚える
- 一定期間運用し、効果を数字で確認してから、次のチケットに広げるか判断する
紙のチケットとオンラインチケットを同時に走らせる並行運用は、名古屋市の東山動植物園による実証実験でも採用されています。同園は2023年、電子チケットの実証実験を実施しました。期間中の電子化比率は平均20%、最大でも32%にとどまりました※1。つまり残りの7〜8割は、これまで通り窓口で紙チケットを購入した来園者です。それでも入場時の待機時間は、実証前の約15分から約6分へと、約60%短縮されました※2。電子チケット専用のレーンを窓口の隣に設ける、というシンプルな仕組みだけで実現した結果です。
並行運用に踏み切れない担当者の多くが気にしているのは、「オンライン側でシステムが止まったとき、お客様を待たせてしまうのではないか」という点です。この心配は正当ですが、対象を1枚に絞っておけば影響は限定的です。オンライン販売分に問題が起きても、窓口・券売機では今まで通りの対応が続けられます。お客様から見れば、選べる販売経路が1つ減るだけで、施設全体が止まることはありません。
小さく始めて、効果を数字で確認してから広げる
部分導入を始めたら、次に確認すべきは「感覚」ではなく「数字」です。確認する指標は複雑なものである必要はありません。
- 対象チケットの発行・確認にかかっていた時間が、どれだけ短縮されたか
- 繁忙期の窓口・券売機の待ち時間が、どれだけ変化したか
- 電話・ファックスでの確認対応の件数が、どれだけ減ったか
これらは、日々の業務日誌やシフト表からでも把握できます。大がかりな分析ツールは必要ありません。
前章で紹介した東山動植物園の待機時間60%削減は、電子化比率がわずか20〜32%の段階で得られた結果です※2。全チケットを電子化しなくても、一部の来園者がオンライン経路に流れるだけで、窓口・券売機全体の混雑は大きく緩和できるということです。「1つの経路を追加するだけで、これだけの変化が出る」という目安として、参考にできます。
効果が数字で確認できれば、繁忙期の目玉アトラクションなど、次のチケットへ広げる判断がしやすくなります。次の3点に問題がなければ、対象を広げてよい段階です。
- 発行時間・待ち時間・電話対応のいずれかが明確に改善したか
- 対応したスタッフから、運用上の混乱の声が出ていないか
- お客様から、オンライン販売への戸惑いの声が出ていないか
逆に改善が実感できなければ、無理に広げず、いったん立ち止まって原因を確認すればよいだけです。全面切り替えでは後戻りが難しくても、部分導入ならこの「立ち止まる」という選択肢を常に持てます。
最初の1枚から、部分導入を始める
未導入の施設が電子化を検討するとき、最初の壁になるのは「全部を一気に変えなければ」という思い込みです。影響範囲の小さいチケットを1種類だけ選べば十分です。既存の窓口・券売機での販売と並行して試せば、リスクを抑えながら効果を検証できます。
対象を絞れば、覚える操作もトラブル時の影響範囲も最小限に抑えられます。効果は感覚ではなく、発行時間や待ち時間の数字で確認します。動き出すために必要なのは、大きな決意ではなく、最初の1枚を選ぶという小さな一歩だけです。
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出典
※1 アソビュー、東山動植物園で入場待機時間60%削減を実現。全国2位の来園者を有する公営動物園で電子チケット導入の実証実験を実施