チケット販売SaaSを解約した瞬間、顧客データは消える|年間60万人が残した来場データが眠り続けた理由と、それを取り戻した施設の話

「広告費を毎月50万円使っているのに、どのチャネルから来場者が増えているのか、まったく分かりません」

ある地方テーマパークのマーケティング担当者が、システム見直しの社内会議でこう打ち明けました。チケット販売SaaSのダッシュボードには、毎日データが蓄積されています。来場者数の折れ線グラフ、曜日別の売上推移、チケット種別の内訳——一見、豊富な情報が揃っているように見えます。

ところが、「先月から始めたInstagram広告で来場した人は何人だったか」という問いに、システム担当者は答えられませんでした。「最近3ヶ月で1度も来場していない会員にだけメールを送りたい」という要望にも、「対応していません」と返しました。

データはありました。しかし、使えませんでした。

この施設が直面したのは「データ所有権」の問題です。SaaSの管理画面でデータを閲覧できている状態と、そのデータを自施設の資産として完全に所有・活用できている状態は、まったく異なります。チケット販売SaaSが普及するにつれ、「管理画面でデータが見えているから大丈夫」という誤解が、現場担当者のあいだに静かに広がっているのです。

あなたの施設の顧客データは、実は自社のものではないかもしれない

チケット販売SaaSを利用している施設では、毎日何十件、何百件もの来場者データがシステムに記録されています。氏名・年齢・居住地・来場日時・購入チケット種別・決済方法——これらはすべて、施設の集客戦略を支えるはずの情報資産です。

しかし、プラットフォーム型のSaaSを使っている場合、そのデータの実体はSaaS事業者のサーバーに格納されています。施設側は「管理画面からログインして閲覧できる」状態にありますが、完全な意味での所有権が自施設にあるとは、必ずしも言えません。

「自分たちのお客様のデータだから自分たちのものだ」という感覚は自然です。しかしSaaS事業者が提供する管理画面から「自由に取り出せる」データの範囲は、事業者が設計したシステムの仕様によって決まります。施設側がいくら「この切り口で分析したい」「このツールと連携したい」と考えても、SaaSが対応していなければ実現できません。

さらに看過できない問題があります。多くのSaaSでは、契約を解除した場合、一定期間後にサーバーからデータが削除されます。5年・10年かけて積み上げてきた来場者の記録が、解約ボタン一つで消えることになります。乗り換えを検討しているうちに時間が経つほど、失うリスクのあるデータ量が増え続けるという構造です。

この問題は今すぐ業務に支障が出るわけではありません。そのため多くの施設が気づかないまま利用を続けています。しかし後から振り返ると「あのとき確認しておけばよかった」となりやすい、静かに進行するリスクです。

プラットフォーム型SaaSが顧客データを保持する仕組み

チケット販売SaaSは、「利便性と引き換えにデータを預ける」モデルで成り立っています。初期費用が低く、サーバー管理も不要、操作も簡単。導入当初はそれで十分と感じるケースがほとんどです。

しかし裏側では、来場者データはSaaS事業者のデータベースに格納されており、施設側が自由に操作できる範囲は事業者が「許可した範囲」に限定されます。現場でよく発生する制約を、具体的に見てみましょう。

広告連携ができない

Google広告やSNS広告のコンバージョンデータと、実際の来場データを照合するには、施設側のデータベースへのアクセス権、または外部連携のためのAPIが必要です。多くのSaaSでは、この連携が制限されているか、有償オプション扱いになっています。「どの広告を見て来場したか」という問いに答えられないため、マーケティング予算の配分は担当者の勘と経験に頼るしかありません。

集計の自由度がない

例えば「都道府県別×来場回数別×天候別」といった自由なクロス集計ができません。SaaSが用意していない切り口では出力できないため、「首都圏から来た30代ファミリーの平均来場頻度」のような、施策の根拠となる数値が手元に届かないのです。現場の担当者がいくら「この分析がしたい」と思っても、SaaSの仕様の壁を超えることはできません。

メール施策の精度が上がらない

「直近6ヶ月来場していない会員だけに送る」「年パス更新期限が30日以内の会員に絞る」といったセグメント配信ができないか、SaaS内の限られた条件設定に依存します。数十万件の顧客情報があっても、活用できるのは「全員への一斉メール」だけ、という施設は少なくありません。

解約するとデータへのアクセスが失われる

最も見落とされやすいリスクです。SaaSとの契約を解除した瞬間、顧客データへのアクセス権限が失われ、一定期間後にサーバーから削除されるケースがほとんどです。これは「システムが使いにくい」という問題ではありません。データの活用主権そのものが施設側にない、という構造上の問題です。

「都道府県別分析ができない」——那須ハイランドパークが大手SaaSを捨てた理由

この問題の本質を最もわかりやすく体現した事例が、栃木県の那須塩原市にある那須ハイランドパークです。

同施設は北関東最大級のテーマパークで、年間来場者数は約60万人。首都圏から関東各都県のドライブ客を広く集める施設です。長年にわたり大手チケット販売SaaSを導入してきましたが、使い続けるなかで現場の担当者は強い不満を持つようになりました。

問題は明確でした。「都道府県別の来場者分析ができない」——この一点が、集客戦略の根幹を阻んでいたのです。

那須塩原は首都圏から日帰りで訪れやすいエリアに位置しています。「茨城・群馬・栃木の来場者が多い」と分かれば、デジタル広告のエリアターゲティングに直接活かせます。限られたマーケティング予算を効果的に使えるはずでした。しかし、使っていたSaaSでは、その機能が用意されていなかったのです。

さらに「メルマガが使えない」という問題も重なりました。過去に来場した顧客に新しいアトラクションや季節イベントの情報を届けたくても、SaaSの顧客データをメール配信ツールと連携する仕組みが整っていませんでした。年間60万人が残した連絡先情報が、活用されないまま眠り続けていたのです。

同施設の担当者はこの当時を「コロナ以前は手売り9割で、データに基づく経営をほとんどできていなかった」と率直に振り返っています。大手SaaSを使いながらも、データ活用という点では事実上の「3K経営(勘・経験・根性)」が続いていたのです。

限界を感じた那須ハイランドパークは、7社によるコンペを経て、顧客データを自社で完全保持できるシステムへの移行を決断しました。移行後、都道府県別の来場者分析が実現し、長年使えなかったデータがマーケティングに活かされるようになりました。担当者からは「愛着のあるシステムになりました」という言葉が聞かれるほど、現場への定着も良好です。

顧客データを持てない施設が失っているもの

那須ハイランドパークの事例は、「データを持つ」と「データを閲覧できる」がまったく別の意味を持つことを示しています。データを自施設で所有できない施設は、具体的に何を失っているのでしょうか。

広告費の効果を永遠に測定できない

「どの広告から来たか」が分からなければ、広告費の配分は根拠のない意思決定になります。数百万円の広告費を使い続けても、「どのメディアを削ればコストが下がるか」「どのエリアに集中すれば効率が上がるか」が見えない。結果として、何年も同じ媒体に出稿し続けることになります。

帝国データバンクが2025年に行った調査では、全国の主要テーマパーク190施設のうち37.4%にあたる71施設がチケット価格の値上げを実施しています。前年(37施設・19.5%)に比べ、値上げとなるレジャー施設は1.9倍に増加し、2023年以降の調査で最多となりました。値上げによって表面的な客単価は上がります。しかし「どの属性の来場者が値上げを機に来なくなったか」を数値で確認できなければ、次の価格戦略を立てることができません。データを持てる施設と持てない施設では、料金改定後の意思決定の精度に大きな差が生まれるのです。 ※1

来場者一人ひとりの行動が見えない

名古屋市東山動植物園では、電子チケット化により期間中の利用比率が最大32%に達し、「いつ、誰が、何回目の来場か」というログが自動で積み上がるようになりました。 ※2

このデータがあって初めて「昨年の夏休みに来場したが今年はまだ来ていない30代ファミリー」に絞った早割クーポンの配信が可能になります。「全員への一斉メール」から、来場パターンに基づいた精度の高いコミュニケーションへの転換——これは、顧客データを持たない施設には実現できない施策です。

年パス会員の実態が分からない

デジタル年間パスポートを導入し、来場履歴が自動で蓄積できる環境では、「直近3ヶ月で一度も来場していない会員」への特別招待、「毎月5回以上来館しているが飲食・物販の利用がゼロの会員」への館内消費促進といった施策を、データに基づいて設計・実行できるようになります。来場履歴と購買データが連動していれば、ロイヤルカスタマーとフリーライダーを数値で区別し、それぞれに最適なコミュニケーションを取ることが可能です。

年パス会員が「入場フリーパスとして使うだけで飲食・物販を一切使わない」状態になっているかどうか——これを知るためには、来場データと購買データが連動している必要があります。データなくして、真のロイヤルカスタマーか単なるフリーライダーかを判別することはできません。

インバウンド対応でプラットフォームに依存し続ける

海外の旅行体験プラットフォーム経由でチケットを販売する際、プラットフォーム側に蓄積されるのはチケット手数料だけではありません。「どの国籍の旅行者が、どの時期に、どの施設を訪れるか」という購買行動データも、プラットフォーム側に積み上がっていきます。

自施設の来場者データを持っている施設は、こうした外部プラットフォームとの連携においても対等な立場に立てます。しかしデータを持てない施設は、OTAや旅行プラットフォームに依存するほど、情報資産の格差が広がっていきます。「インバウンド客が増えているが、どの国籍の旅行者がいつ来ているかは分からない」という施設は、次のプロモーション施策を設計する根拠を持てないまま、外部の窓口として機能し続けることになります。

乗り換えたら白紙に戻る

最大のリスクは、SaaSを乗り換えた瞬間に顧客データの連続性が断たれることです。5年分の来場者情報、会員の購買履歴、広告流入経路——これらが引き継げなければ、新しいシステムで「ゼロから積み上げ直す」ことになります。顧客との関係は継続しているのに、施設側だけが記憶を失うことになるのです。

データが自施設のものであれば、乗り換えの際にも蓄積してきた顧客資産を丸ごと持ち越せます。問題は、SaaSを使い続ける期間が長くなるほど、失うリスクのあるデータ量が増え続けるという点です。

データ所有権を取り戻すための第一歩

「すぐにシステムを変えなければ」と感じた方も、まずは現状の把握から始めることをお勧めします。現在お使いのシステムについて、次の3点を確認してみてください。

確認1:分析の自由度

「都道府県×来場回数×チケット種別」の組み合わせを、自分たちの判断で自由に集計できますか?管理画面に用意されたレポートにしか出力できない場合、分析の可能性は事業者が設計した範囲に限定されています。どんな分析がしたくても、SaaSの「設計思想」がその限界を決めています。

確認2:外部ツールとの連携可否

メール配信ツールや広告管理ツールと、顧客データを連携できますか?API(外部接続の仕組み)が用意されていない場合、データは他のシステムと接続できない「孤島」になっています。今使っているツールとの接続可否を、今日中に確認することをお勧めします。

確認3:解約後のデータの扱い

契約を解除した場合、顧客データはいつ、どのような形で施設側に渡されますか?今すぐ利用規約の「データの取り扱い」の項目を確認してください。「解約後30日で削除」という記述があれば、それが現在のシステムの答えです。

この3点を確認することで、「データは自施設で持っている」のか「データは閲覧できるが活用できない」のか「データはSaaS事業者のサーバーにある」のかが、はっきり見えてきます。

現在使っているシステムに大きな不満がなくても、この確認は価値があります。「いざ乗り換えようとしたとき」に初めて限界に気づくのでは遅すぎます。今の時点で把握しておくことで、将来の選択肢が広がります。

那須ハイランドパークが7社コンペを経て移行を決断したのは、「データを持つこと」が単なるIT整備ではなく、施設の集客戦略を自分たちの手でコントロールするための根本的な前提だと気づいたからです。年間60万人が来場する施設ですら「都道府県別分析ができない」という状況に陥っていた——あなたの施設でも、今この瞬間に来場者のデータがどこに蓄積されているかを、一度立ち止まって確認することをお勧めします。

顧客データは、施設とお客様が毎日の来場を通じて積み重ねてきた「関係の記録」です。その所有権を自施設に取り戻すことが、次の集客施策を自分たちで設計し、実行できる組織への第一歩になります。

VKチケット販売でできること

来場者データは施設側のデータベースに完全保存され、都道府県別・来場回数別・チケット種別など任意の切り口での集計・分析が可能です。Google広告・Meta広告との連携API、メール配信ツールとのデータ連携も標準対応。年間パスポートのデジタル化により来場履歴の自動蓄積が実現し、解約後もデータは施設の資産として引き継ぎ可能です。

那須ハイランドパーク・りんどう湖ファミリー牧場をはじめとする施設での導入実績を元に、現在のシステムのデータ管理状況を確認しながら、まずはお気軽にご相談ください。

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