私たちの生活をガラッと変化させ、なくてはならない存在となってしまったデジタル技術。今や世界中でデジタル化が進み、昨日までは存在しなかった新しい製品・サービスが続々と登場しています。激化するデジタル競争の中で注目されているトレンドが「デジタルトランスフォーメーション(DX)」です。時代の変革に、日本企業はどのように適応し、チャンスにつかんでいけばよいのでしょうか。
総務省が発行した「令和3年版 情報通信白書」は、DXを中心のテーマにおき、世界のDXと日本のDXの状況を比較し、豊かな示唆を含んでいます。
このシリーズでは、総務省が発行した「令和3年版 情報通信白書」を要約し、日本企業のDX戦略を考えます。前編では情報通信白書に掲載されているグラフやデータを中心にポイントを見ていきます。
- 【要約】令和3年版 情報通信白書から読み解く日本のDXが後れている原因【前編】
- 【要約】令和3年版 情報通信白書から読み解く日本が世界で生き残るためのDX戦略【後編】
日本政府がDXの推進を急ぐ2つの理由
近年、官公庁が発信する情報の中に「DX」に関連したものが増えています。なぜ、日本政府はDXの推進を急いでいるのでしょうか。
日本政府がDXの推進を急いでいる理由は、以下の2つです。
- 日本企業の競争力を高めるため
- 生産性を向上させ、経済成長を図るため
日本企業の競争力を高めるため
日本政府がDXの推進を急ぐ1つ目の理由は「日本企業の競争力を高めるため」です。デジタル技術の進歩によって、社会や経済が目まぐるしく変化しています。新型コロナウイルスの感染拡大は、世界規模でデジタル化を加速させました。
日本企業が変化の激しい時代を生き残るためには、デジタルの力を借りて、組織やビジネスモデルを臨機応変に変化させる必要があります。DXは、組織やビジネスモデルを根本から覆す大きな力を秘めているのです。
DXは、日本企業が世界規模の競争を勝ち抜くための切り札。日本企業には、デジタルの力で競争優位性を確立させるDXの実行が求められています。
生産性を向上させ、経済成長を図るため
日本政府がDXの推進を急ぐ2つ目の理由は「生産性を向上させ、経済成長を図るため」です。人口減少や少子高齢化が進んだ社会では、限られた人的資源で多くの付加価値を生み出さなければなりません。
現状、日本は国民1人あたりのGDPを維持しても経済成長は不可能と言われています。日本が経済成長を達成するためには、国民1人あたりのGDPを高める必要があるのです。
日本が持続的な経済成長を図る中で、生産性の向上は避けて通れません。
生産性の向上は、DXの副産物
DXを実行する目的は、デジタルの力で生産性を向上させることではありません。DXの本来の目的は、デジタルの力で競争優位性を確立すること。
DXを成功させるためには、新たな付加価値を生み出す高い生産性が求められます。生産性の向上は、DXを成功させる過程で手に入る副産物です。
アンケート調査の結果から見るDXの実態
DXの重要性が叫ばれているのは、日本だけではありません。DXは、世界中の企業が注目するメガトレンドです。DXの重要性にいち早く気づいた企業は、すでに走り出しています。
「令和3年版 情報通信白書」で報告されたアンケート調査の結果をもとに、主要国のDX事情を分析してみましょう。
日本におけるDXの取り組み状況
- 規模別
- 業種別
- 地域別
規模別
図表1-2-4-2は、DXの取り組み状況を規模・業種別におおまかに分けたグラフです。
- 日本企業の約60%が「DXは実施していない、今後も予定なし」と回答した
- 情報通信業の約45%が「すでに実施している」と回答した
業種別
図表1-2-4-3は、DXの取り組み状況を業種ごとに分けたグラフです。
- 情報通信業では取り組みが軒並み進んでいる
- 金融業、保険業でも取り組みが進んでいる
地域別
図表1-2-4-4は、DXの取り組み状況を以下の4つの地域に分けたグラフです。
- 東京23区
- 政令指定都市
- 中核都市
- その他市町村
- 地域や企業の規模が大きいほど、DXに対する意識が高い
- いずれも、大企業の実施率が高い
- いずれも、中小企業の実施率が低い
- 「実施を検討」はいずれも15% ~ 20%ほど
DXの推進体制
- DXに関する取り組みの主導者
- DXの主導者が保有するスキルや知見
- 日本企業におけるCIOやCDOの配置状況
DXに関する取り組みの主導者
図表1-2-4-5は、DXに関する取り組みの主導者の配置状況です。
- 3か国ともに「DX推進の専任部署」を設けている割合が高い
- 日本は、社内の実務レベルでDXを主導する傾向がある
- 海外では、トップダウンや外部の協力を得てDXに取り組む傾向がある
DXの主導者が保有するスキルや知見
図表1-2-4-6は、DXの主導者が保有するスキルや知見のグラフです。
- 主導者は「デジタル技術」「経営・ビジネス」の両方を持っている割合が高い
- 人員は「デジタル技術」のみを持っている割合が高い
日本企業におけるCIOやCDOの配置状況
図表1-2-4-7は、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)が調査した日本企業におけるCIO(Chief Information Officer)やCDO(Chief Digital Officer)の配置状況です。
- CIO 15%(専任・兼任)
- CDO 6.5%
- 金融業は、CIOやCDOを配置する傾向がある
- 日本は、トップダウンでDXに取り組む割合が少ない
DXの取り組み内容
- 取り組みの対象範囲
- 取り組みの実施状況
取り組みの対象範囲
図表1-2-4-8は、DXに関する取り組みが社内のどの範囲に及ぶかをたずねた結果のグラフです。
- いずれも「全体的な取り組み」がもっとも多い
- 日本では、2020年度に大きく伸びた(コロナの影響?)
- 米では「単一部署での取り組み」「特定業務での取り組み」が増えている
取り組みの実施状況
図表1-2-4-9は、DXに関する取り組みとして行った内容をたずねた結果のグラフです。(2019 ~ 2020)
- アメリカが先行している
- 日本とドイツも着実に進んでいる
DXの目的や効果
- DXの目的
- DXによって得られた効果
DXの目的
図表1-2-4-10は、企業がDXに取り組む目的についてたずねた結果を20年度と19年度で比較したグラフです。
- 米と独では、DXの本来の目的が浸透している
- 日本でもDXの本来の目的が浸透しつつある
日本の課題は、デジタル活用の本来の目的が浸透していないこと
図表1-2-4-11は、企業にIoTやAIといった先端技術の活用目的をたずねた結果のグラフです。図表1-2-4-11を見ると、日本企業はIoTやAIを業務効率化やコスト削減に活用していることがわかります。
DXの本来の目的は、デジタルの力で新製品やサービス、付加価値を創出すること。改めて図表1-2-4-10の20年度を見ると、本来の目的として活用している割合は増えているものの、依然として業務効率化・コスト削減がもっとも多いです。
新製品やサービス、付加価値創出のためのデジタル活用の促進は、引き続き日本の課題だと言えます。
DXによって得られた効果
図表1-2-4-12は、DXによって得られた目的別の効果の有無をたずねた結果のグラフです。
- 目的意識があると効果が出やすい(右表)
- 米と独は、DXの本来の目的を達成している(左表)
- 日本は「業務効率化・コスト削減」が多い(左表)
「働き方改革」とデジタル化
- 実施している「働き方改革」の内容
- 「働き方改革」関連でのICT導入・利用状況
- 社内・社外手続きの電子化の状況
実施している「働き方改革」の内容
図表1-2-4-13は、働き方に関する3か国の取り組み状況を比較したグラフです。
- コロナ禍によって日本の働き方は大きく変化した
- 米と独に大きな変化はない(もともと進んでいる)
「働き方改革」関連でのICT導入・利用状況
図表1-2-4-14は、働き方に関連したICTの導入・利用状況についてたずねた結果のグラフです。
- 日本では「遠隔会議システム」の導入が大きく伸びた
- 米と独では「オンライン商談ツール」の導入が進んでいる
社内・社外手続きの電子化の状況
図表1-2-4-15は、社内および社外との手続きの電子化についてたずねた結果のグラフです。(20年度に電子決裁や電子契約システムを導入している企業が対象)
- 日本では、社内の手続きの電子化がある程度進んでいる
- 日本企業の25%は、社外との手続きが電子化されていない
- 米と独では、社内・社外ともに電子化が進んでいる
デジタル技術の活用状況
- 業務におけるデジタル技術の活用状況
- 社内での活用を促すための取り組み
業務におけるデジタル技術の活用
図表1-2-4-16は、DXに取り組む際に活用しているIT関連技術・サービスについてたずねた結果のグラフです。
- 「データ分析」「クラウド」「スマホアプリ」の割合が高い
- 日本企業では、ITの活用があまり進んでいない
社内での活用を促すための取り組み
図表1-2-4-17は、社内でデジタル技術の活用を促すための取り組みについてたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともに「社内説明会・研修の実施」が多い
- 日本企業の15%が「いずれも実施していない」と回答した
- 日本は「UI・UXの改善・改良」に取り組む企業が少ない
- 独は「新たな利用マニュアルの作成」に取り組む企業が少ない
デジタルデータの活用状況
- パーソナルデータの活用
- 産業データの活用
パーソナルデータの活用
- 企業におけるパーソナルデータの活用状況
- 現在または今後想定される課題や障壁
企業におけるパーソナルデータの活用状況
図表1-2-4-18は、サービスなどから得られるパーソナルデータの活用をたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともにデータの活用が伸びている
- 日本は依然として少ない
- 米では、パーソナルデータ収集への懸念が広がっている
現在または今後想定される課題や障壁
図表1-2-4-19は、現在または今後想定される課題や障壁について当てはまるものをたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともに「管理にともなうリスクや責任の大きさ」が1位
- 「個人データの収集・管理に係るコストの増大」は2位
- 米では「個人データの取扱いに係るレピュテーションリスク」が多い
- 日本では、データを取り扱う人材が不足している
産業データの活用
- パーソナルデータ以外のデータの活用状況
- 現在または今後想定される課題や障壁
パーソナルデータ以外のデータの活用状況
図表1-2-4-20は、パーソナルデータ以外のデータの活用状況をたずねた結果のグラフです。
- 日本の活用状況は50%弱
- 米や独の活用状況は70%前後
現在または今後想定される課題や障壁
図表1-2-4-21は、パーソナルデータ以外のデータの取扱いや利活用に関する課題や障壁についてたずねた結果のグラフです。
- データのフォーマットなどのばらつきやデータ品質の確保が課題
- 日本では、データを取り扱う人材が不足している
DXにおける課題
- DXを進める上での課題
- 推進にあたって不足している人材
- デジタル人材の確保・育成に向けた取り組み
- 主要国におけるICT人材の配置分布
- 既存システムの課題
DXを進める上での課題
図表1-2-4-22は、DXを進める上での課題についてたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともに人材が不足している
- 日本は人材が不足が顕著
- 米は「業務の変革等に対する社員等の抵抗」に悩んでいる
- 米は「規制・制度による障壁」に悩んでいる
- 米は「文化・業界慣習による障壁」に悩んでいる
推進にあたって不足している人材
図表1-2-4-23は、具体的にどのような人材が不足しているかをたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともに60%以上の企業が人材不足に悩んでいる
- 日本は「そのような人材は必要ない」の回答比率が高い
デジタル人材の確保・育成に向けた取り組み
図表1-2-4-24は、不足しているデジタル人材の確保・育成に向けて、各企業がどのように取り組んでいるかをたずねた結果のグラフです。
- 日本では「社内・社外研修の充実」を挙げる企業が多い
- 日本では、社内の現有戦力で乗り切ろうとする傾向がある
- アメリカでは、外部から積極的に登用する傾向がある
主要国におけるICT人材の配置分布
図表1-2-4-25は、主要国におけるIT人材の配置状況(2015)です。
- 日本では、IT人材がIT企業に集中していることが指摘されている
- 諸外国ではユーザ企業にIT人材が多く配置されている
既存システムの課題
図表1-2-4-26は、既存システムとの関係性(図表1-2-4-22)について、具体的な課題をたずねた結果のグラフです。
- 3か国ともに20%の企業が既存システムの存在を問題視している
- DXを進める上で、既存システムの存在が壁となっている
DXの進展における課題
- DXの進展度と売上高の関係
- DXが進展した場合の売上高への影響
DXの進展度と売上高の関係
図表1-2-4-27は、DXの進展度と売上高の関係を測定した結果のグラフです。
DXが進展した場合の売上高への影響
図表1-2-4-28は、日本のDXがアメリカ並に普及したときの売上高のシミュレーション結果です。
- DXの進展度が高い企業ほど、売上高が増加した比率が高い
- 因果関係は読み取れないが、相関関係はあるといえる
なぜ、日本のDXは後れているのか
上記のアンケート結果を見ると、日本のDXが後れている原因はさまざまです。しかし、個々の原因をたどると「ITをうまく活用できていない」「人材が足りない」など、生産性の低さに行き着きます。
G7各国と比較した日本の生産性と就業時間
生産性を定量的に表す指標の1つが「労働生産性」です。労働生産性は、就業者1人あたりや就業1時間あたりの経済的な成果(付加価値)として計算されます。
労働生産性の国際比較|7位
図表1-2-1-1は、G7各国と比較した日本の労働生産性を表したグラフです。海外の主要国と比較すると、日本の労働生産性は高いとはいえません。
- 2019年時点の日本の労働生産性は、7.6万ドル
- G7各国と比較して最下位
- 米と比較すると、日本は約60%の水準
労働生産性の伸び率|1位
労働生産性の伸び率は、就業者1人あたりの伸び率と時間あたりの労働生産性の伸び率を合計で表すことができます。図表1-2-1-2は、G7各国と比較した日本の労働生産性の伸び率を表したグラフです。
- 日本の労働生産性の伸び率は、年率0.2%
- 日本の時間あたりの労働生産性の伸び率は、年率1.0%
- フランスと並んでG7中トップ
- 就業者1人あたりの就業時間の伸び率は、年率-0.8%
- G7各国の中では最下位
就業者1人あたりの就業時間|3位
図表1-2-1-3は、G7各国と比較した日本の就業者1人あたりの就業時間を表したグラフです。
- 就業時間/1人は、1,702時間(2019)
- イタリアやアメリカに次いで3位
時間あたりの労働生産性|7位
図表1-2-1-4は、G7各国と比較した日本の時間あたりの労働生産性を表したグラフです。就業者1人あたりの就業時間が長いにも関わらず、時間あたりの労働生産性が低いことがわかります。
- 日本の労働生産性/時間は、44.6万ドル/時間(2019)
- G7各国と比較して最下位
生産性を向上させるカギはITの活用
今、世界中の企業がデジタルを前提とした組織・文化・働き方を求められています。新型コロナウイルスの感染拡大は、世界規模でデジタル化を加速させました。日本企業が世界で生き残る切り札は、ITの活用です。
以下の図表1-2-1-7と図表1-2-1-8をご覧ください。ITを活用している企業とITを活用していない企業では、生産性に大きな差があります。ITには、労働生産性を向上させる効果があるのです。
私たちはITの使い方を改めて見直されければなりません。総務省は、令和3年版 情報通信白書の中で「ITを単なる”業務効率化ツール”として見てはいけない」と記述しています。
企業活動におけるIT投資は、日本企業の業務効率化を加速させました。しかし、新たな価値を生み出すための生産性向上へと向かうことは少なかったのです。
新たな価値を生み出さない限り、生産性が向上したとは言えません。業務効率化は、あくまでも生産性向上のスタートラインだと言えるでしょう。
DXが目指すゴールは、新たな価値を生み出して競争優位を確立すること。日本企業には、ITの活用目的の見直しやDXの成功に向けた新たな改革が求められています。